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長門湯本温泉       館主 ごあいさつ

約600年の歴史をもつ湯本温泉。現在は、12軒の旅館が全国からのお客様をお迎えしております。湯本温泉の源泉の持ち主は、『大寧寺』さんで、管理は長門市がしております。泉質は「アルカリ性単純泉」で無色無臭でやわらかく、大変「肌」に良いといわれております。公衆浴場が2箇所あり、昔より地元の方々や訪れた旅人の社交の場となっております。『旅のお疲れ』も、温泉や湯本温泉の中心を流れる「音信川・おとずれがわ」のせせらぎが心を癒してくれることでしょう。
 この「音信川・おとずれがわ」には恋にまつわる言い伝え『音信川恋伝説』があります。また近年、遊歩道が整備され「足湯」も2箇所設置されました。古より「春は桜に秋には紅葉・・・」と歌われているとおり、四季折々の顔をもつ湯本温泉。ウォーキングや散策には最適の環境です。ぜひ、「やすらぎのふるさと」湯本温泉にお越しくださいませ。
                                                           女将 藤井サツキ

長門湯本温泉と史跡についてご案内します。

長門湯本温泉の由来・ながとゆもとおんせんのゆらい

大寧寺第三世定庵禅師の徳を慕った長門一宮住吉明神により、今から六百年前に沸き出でた神授の霊場として有名な湯本温泉。

大寧寺ご住職になられた定庵禅師は、毎夜盤石の上で座禅をする神々しい老翁の姿に問いかけますと、「私は住吉の神です。禅師様の教えに感銘を受け、ここでご説法をお聞き致しております。」というお答え。禅師は奇特に恩召され、遂には弟子師匠の名をとり、住吉明神を大寧寺第四世住職にされました。この法恩に報いるため住吉明神がお授けになったのがこの湯本温泉です。







 
大寧寺・たいねいじ

大寧寺は今から六百年前、大内家の支族鷲頭弘忠が開山、石屋真梁禅師をお迎えして開創された。石屋禅師は中国にて二十年余り修行を積み、活達磨と称賛されたほどの学徳兼備であっただけでなく、特に皇室に忠誠をお尽くしになった。そのため大寧寺は西の高野と呼ばれ、関西一の曹洞宗の道場として盛隆を誇る。禅師は当時南北にわかれていた皇室を合一させた遺勲の主でもあり、大寧寺は曹洞宗の中で最も光輝ある名刹と讃えられている。
戦国時代、大納言大内義隆が重臣陶晴賢の謀反によりここで自刃。その後同寺は毛利氏の厚い庇護を受け、江戸時代には五百石の寺領も与えられた。大内義隆主従の墓所と境内は県指定遺跡である。
       

湯本温泉の泉質と効能


泉質:アルカリ性単純温泉
効能:
(浴用の適応症)
神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、打ち身、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進、きりきず、慢性皮膚病、虚弱体質、慢性婦人病、肥満病

(浴用の禁忌症)
急性疾患(特に熱のある場合)、活動性の結核、悪性腫瘍、重い心臓病、呼吸不全、肝不全、出血性疾患、高度の貧血、その他一般的に病勢進行中の疾患、妊娠中(特に初期と末期)
市営公衆浴場「恩湯」・・・写真左

営業 夏期 6:00〜23:00 冬期 6:30〜23:00 定休日 第一火曜日

市営公衆浴場「礼湯」・・・写真右

営業 年中 9:00〜21:00 定休日 第三火曜日
 ◎料金共通 大人 200円 子人 100円
        
おとずれ足湯・・・写真右
音信川遊歩道にある「足湯」です。少し熱めの湯加減です。年中無休です。22:00頃には照明が消えるので、遅いご利用の際は懐中電灯があれば便利だと思います。当館のすぐ前にあり、歩いて1分程のところにあります。皆様に喜ばれております。

河川公園足湯・・・写真左
音信川河川公園にある「足湯」です。ぬるめの湯加減です。年中無休です。当館から歩いて6分程のところにあります。




      

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萩焼・深川窯・はぎやき・ふかわがま


素朴さと優雅さを併せ持つ萩焼。萩市に毛利藩御用窯が開かれた後、湯本三ノ瀬に分窯したのが深川窯のはじまりである。萩焼の開祖・李勺光の流れをくむ。現在は、5つの窯元が伝統の技を伝えている。



俊寛の墓・しゅんかんのはか
俊寛は平安時代の僧。平清盛討伐が露見し、九州の果てに流され命を落す。弟子の亀王が遺骨を抱き京に戻る途中、ここ湯本にさしかかると急に遺骨が重くなった。亀王はここに遺骨を埋葬し、生涯墓を守ったと云われる。

孝子 千代松の墓・こうし ちよまつのはか


千代松は大変な孝行者であった。病弱で足の立たない老母をよくいたわった。外出の際は2,3度引き返し様子を確かめ、帰ると大声で母に知らせた。夏には母を涼しい所へ移し、冬には自分の体温で母の足を温めたという。



餅つき地蔵・もちつきじぞう
大寧寺前の県道沿いに「祠・ほこら」があります。この「祠」には小さな「杵」と「臼」が置いてあり、昔から「願掛け地蔵」として知られてきました。ここには、次のような言い伝えがあります。自分の年の数ほど「杵」で「臼」をつき、願を掛けると子供が授かるというものです。そして願いが叶うと新しい「臼」と「杵」を奉納する。どなたがするのかわかりませんが、いつ行っても綺麗にしてあります。また、たくさんの「臼」と「杵」が置いてあります。